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キリングセンス萩原正人の ベンツで行こう!!
 世界移植者スポーツ大会は、このミニマラソンから始まった。結論から言わせてもらえば、ある意味オレの一人舞台であったと言っても間違いではないだろう。最後のゴールを目指して競技場に走り込んだ。そのグランドにランナーは誰もいない。オレの視線を邪魔する者も、そして後を追う者も。それは、オレの独壇場だった。客席から声援が飛ぶ。「最後まで頑張ってー!」オレは最後の力を振り絞りゴールに向かった。感動的なゴールシーンだ。ただ、一つ悲しいことを除いては・・・。

 オレが走るトラックの横では、すでに表彰式が始まっていたのだった。なんのことはない、つまりはビリだったのである。そもそも最初から嫌な予感はしていた。ミニマラソンのスタート地点に立つと、アナウンスが流れた。「男子は、トラックを三周してから、競技場を出ます」この放送はオレを愕然とさせた。そのトラックは一周が四百Mあった。つまり千二百M走ったのちに競技場を飛び出していく訳だ。これは計算外だった。普通はグランド一周だろう。

 もちろん練習はしてきた。しかし、なんとか2kmほど走れるようになっただけだ。はたして千二百Mが走れるであろうか?もしかしたら、グランドを出る前に棄権になってしまうかも知れない。かつてそんなランナーがいただろうか?これは大いに恥ずかしい。ただ、一つだけ救いになる考えがあった。これは、5kmのミニマラソンである。世界大会の思い出作りに参加した人もいるだろう。そんな人達と仲良く走ればいいのだ。

 しかし、そんな都合の良い解釈は、気休めにもならないことがすぐわかる。

 いよいよスタートの合図がなった。すると先頭集団が、「お前らは、移植者か!」と思わず突っ込みたくなるスピードで飛び出していくではないか。それは、三周走れるかなという心配どころではなかった。オレが、まだトラック一周を走る間に、先頭集団が次々と抜き去って行く。考えが甘かった。これはれっきとした世界大会なのだ。思い出作りをしているのは、オレ一人だ。やっと二周走り終えた時には、全選手が競技場を後にしていた。まさか、全員に一周差をつけられるなんて、想像もしていない。オレは、非常に場違いな所にいるらしい。こうなったら開き直るしかない、ひたすらマイペースである。とりあえず、競技場を抜けることが出来た。
 しかし、またもや大きな計算違いがあったのだ。競技場を飛び出したのは良い。しかし、目の前に続く道は、急な坂道なのである。そんな話しは聞いていない。無理する必要はない、とにかく坂道は歩けばいい。絶対に棄権はしまいと心に決めた。

 今から二年前、肝硬変の末期から余命半年と診断された。最後の望みをかけ、テキサス州ダラスに向かったのも夏だった。移植を待つということは、ゴールの見えないマラソンだ。移植待機期間は9ヶ月を超え、とにかく気持ちだけは明日へ向けて歩いていた。そのゴールは果てしなく、棄権してしまえば死が待っていた。肝臓移植のための渡米が、腎臓までも機能を失い、腎臓移植が決まった。そんな日々の中、ゴールは突如現われた。「あなたのための臓器が見つかった」今、この体を支えているのは、34才の白人女性だ。かなり相性は良いと思っている。オレは、こう思った。このミニマラソンを走りきることは、一つの証しなのである。

 夕べ、ドナーの方への感謝の集いがあった。そこで、多くのドナーファミリーと出会った。日頃深い思いもなく、「ドナー」という言葉を口にしているが、その現実は、家族の深い悲しみの中にあるのだ。きっとそれは、いつまでも癒されやしないだろう。最愛の人を失ったのだ。しかし、僕らの命は、それを乗り越えた家族の勇気の上にあるのだ。

 グランドには誰もいない。もうゴールテープもない。それでも観客席から温かい拍手を受けてゴールを切った。それはスタートから一時間過ぎた時だった。結果は確かに情けないものだった。それでも完走できたことは、ドナーの方と、その家族への何よりも感謝の気持ちなのである。
萩原 正人(はぎわら まさひと)
1987年、河崎健男とお笑いコンビ「キリングセンス」を結成。1999年、B型肝炎ウィルスの母子感染による肝硬変で静脈瘤破裂、大量吐血。2000年4月、アメリカで肝臓・腎臓同時移植。同年秋には再び舞台に立つ。
世界の移植者からスケッチブックメッセージ
「決して忘れないで。臓器提供が新たないのち、
違う人生を贈ったことを。」
-レジュ・グリーン
「贈られた生命への感謝、そして、私自身の夢のかたち」-乾麻理子
「生きる喜びありがとう」-玉熊直志
「移植者としてカメラマンとして」-吉江淳
「応援ありがとう!」-加藤直史
「世界へ挑戦!世界の壁は高かった」
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